地球温暖化の危機に対応するため、世界各国が2015年に署名した「パリ協定」では、温室効果ガスの排出削減が明記されました。パリ協定では、世界的な平均気温上昇を産業革命以前と比較して2℃以内に抑えることを目標に、1.5℃以内に抑える努力を追求することが掲げられています。炭素排出低減のニーズが高まる中、エネルギー転換は、各国が向き合う必要のある大きな課題になっています。InfoLinkの推計によると、パリ協定の目標である2℃、1.5℃の気温上昇目標を達成するには、2030年に世界で再生可能エネルギー装置を累計でそれぞれ、3,409GW、6,887GW設置しなければなりません。このうち、太陽光発電は新規設置を推進する主力となるでしょう。
迅速に開発が進むことのほか、太陽光発電がほかの再生可能エネルギーより優れている最大の要因として、低コストが挙げられます。2020年前後には、主要国の多くで太陽光発電の発電原価が従来型の化石燃料と同等かそれより低い水準になっていました。太陽光発電のコストが近年、急速に低下しているのは、太陽電池モジュールの開発進展が主な理由。太陽電池モジュールが太陽光発電システムのコストに占める割合は3~5割にも上ります。サプライチェーン(供給網)での競争が非常に激しいため、メーカーではコスト低減の手段を積極的に模索。同時に、生産技術においてはスピーディーな繰り返し作業によって、モジュールのワット当たりのコストが大きく改善し、太陽光発電の優位性につながりました。近年の開発で、太陽光発電のコストを低減させた技術トレンドは以下の通りです。
- シリコンウエハーの薄型化:シリコンウエハーの薄型化により、同等のシリコンインゴットからより多くのウエハーを切り出すことができ、モジュール中のシリコンコスト低減が可能になります。2021年からシリコンウエハーの原料である多結晶シリコンの価格が急上昇し、シリコンウエハーの薄型化に拍車がかかりました。シリコンウエハーの厚さは、2020年から2021年初頭の175µmより幾多の進展を経て、足元の主流は2022年末に150-155μm。N型TOPConでは、135-140μmのものの量産を実現し始めているメーカーもあります。
- シリコンウエハーの大型化:大型シリコンウエハーは、より大きな発電面積を持つため、モジュール1個当たりのワット数を高めることができ、システム全体の設置コストが下がります。2022年はM6(166mm)サイズが急速に後退し、2021年に42%だったマーケットシェアは約15%に急落しました。一方で、大型シリコンウエハー(M10、G12)が取って代わって市場の主流となりました。足元の市場では、M10(182mm)が中心で、G12(210mm)がこれに次ぐ位置にあり、両サイズ合わせたマーケットシェアは82%に上ります。現時点の予測では、短期的にはM10の主流が続きますが、将来的にはG12が徐々にシェアを高めると見込まれます。
- 変換効率の向上:主流であるP型の太陽電池の変換効率は、2020年初頭にPERCセルで21.9%、2021年初頭には22.4-22.5%となり、現在では23%まで高まっています。P型製品が技術的ボトルネックに近付く中、N型のTOPConやHJTなどの変換効率が徐々に向上し、現在はいずれも24%を超えています。特に、TOPConはコスト面でも優れており、2023年の増産では技術的に主要な選択肢となります。また、N型が今後、シェアを徐々に拡大させ、主流になるトレンドを確立する可能性もあると見込まれます。
生産面の技術トレンド以外に、太陽電池モジュールの価格も太陽光発電システム全体の発電コストに影響を与えます。2021年から川上の多結晶シリコン価格の影響を受け始め、サプライチェーン全体の価格は今も高水準にあり、最も高い時には0.28USD/ワットにまで達しました。この二年、モジュールのサプライチェーン価格が高騰しましたが、2020年以降、新型コロナウイルス感染拡大後の経済回復に加えて、ウクライナ戦争の影響で従来型エネルギーの価格が急速に上昇。太陽光発電システムはモジュールコストが依然として高い時期にあるものの、全体的なコストは従来型エネルギーより抑えられています。
今後、国際的に国境炭素税が導入される可能性を考えると、従来型エネルギーのコストはさらに上昇すると見込まれます。一方、太陽光発電は逆の流れになる見通し。メーカーが激しい競争を背景に大幅増産し、生産規模が最終需要を大きく上回って、将来的に供給過剰の状態が進むと、モジュール価格の低下が見込まれます。比較すると、太陽光発電のコスト上の優位性がより大きくなります。
InfoLinkは、太陽光発電コストに影響を及ぼす主な要素を需要側に影響する補助政策と、供給側に影響する原材料価格の変化に分類。この両面から比較し、また、中国、米国、欧州という三大市場の太陽光発電のLCOE(均等化発電原価)を計算しました。
中国では、中央政府による太陽光発電に対する補助は終了しているため、発電コストは主に供給側の価格の影響を受けます。メーカーが激しい競争で大規模に増産しているため、世界の太陽光発電サプライチェーンの生産能力の85%以上が中国に集中。補助材料も中国が主な生産国となっており、スケールメリットの進展で、当地の太陽電池はコスト面で最大の優位性を有しています。InfoLinkの計算では、2022年の中国の太陽光発電のLCOEは約30.5USD/MWhです。
米国そのものには完全な太陽電池サプライチェーンがなく、太陽電池製品は主に東南アジアからの輸入に頼っています。当地のモジュール価格は、ほかの中国以外のエリアより高く、原材料や労働力といったコストも高いため、全体的なシステムコストは中国より大幅に高くなっています。しかし、米国の太陽光発電発展の強みは政府補助にあります。需要を喚起する投資税控除(Investment Tax Credit, ITC)の控除率は26%。この控除率と当地の価格で計算すると、2022年の米国の太陽光発電のLCOEは33.97USD/MWhとなります。今後、インフレ抑制法案(Inflation Reduction Act, IRA)施行後に実施されるさらに大きなITCと、新たな発電税控除(Production Tax Credit, PTC)枠により、発電コストは一層、低減される見通しです。
欧州には完全なサプライチェーンがなく、太陽電池製品の多くは中国から輸入しています。このため、欧州の発電コストの変化は中国のサプライチェーンによる影響を大きく受けます。従来型エネルギー価格の上昇を背景に、欧州では再生可能エネルギーの需要が非常に高まっているため、太陽電池モジュールの価格に対しては、中国よりも許容度が高くなっています。政策については、多くの国で積極的な設置目標を掲げているものの、実際の政府補助は米国には及ばず、LCOEへの影響は小さめです。太陽電池サプライチェーンの価格高騰の影響を受けたため、当地のモジュール価格から計算した2022年の欧州の平均LCOEは約35USD/MWhとなります。
中、米、欧、各市場の発電コストに大きく影響する共通の要素は、太陽電池モジュールのサプライチェーン価格であることが分かります。この二年、太陽電池サプライチェーンは価格が高水準にありますが、多結晶シリコンの生産能力が増えていくにつれて、価格は落ち着くと予想されます。その時には、太陽光発電の全体的なコストが低減できると見込まれます。また、モジュール価格低下のほかに新技術の発展と応用も、太陽光発電のLCOEをさらに押し下げると期待され、太陽光発電のコスト面の優位性が、世界のエネルギー転換を推し進めるカギになると見込まれます。